特集
徳島コーヒー物語
情熱のロースターたち
東京から徳島に移住して6年。僕の一日は一杯のコーヒーから始まります。
まずやかんにお湯を沸かし、手動のミルで豆を挽きます。お湯が沸いたら細口のコーヒーポットに移して、ネルドリップで丁寧に注ぎます。コーヒー豆がふわっと盛り上がり、キラキラとした泡と共に甘い香りが顔を包む。朝一番に「生きててよかった!」と感じる瞬間です。
コーヒーは僕にとってなくてはならないもの。だから週に一度、必ずコーヒー豆を買いに行きます。美味しいコーヒーを求めてカフェや喫茶店を回って驚きました。
「徳島のコーヒーは美味い!」
徳島にはコーヒーにただならぬ情熱を注ぐ、自家焙煎の素敵なお店がたくさんあるのです。
旅の途中、一息つきたくなったらぜひ訪れてみてください。
文・仁木啓介(Bar IRORI マスター)
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徳島スペシャリティコーヒーの先駆者
TOKUSHIMA COFFEE WORKS
まずご紹介するのは、TOKUSHIMA COFFEE WORKS 山城店。徳島市内から国道55号線を少し南下し、一本横道に入った場所にあります。僕が徳島に来た当初から通っているお店です。
太い梁が印象的な高い天井。木で統一されたシックな店内には、静かにジャズが流れています。80席を超える大きな店ですが、テーブルはゆったりと配置されているので、ホッと一息つくにはぴったりの場所です。
僕のお気に入りの席はカウンター。コーヒーを淹れる香りが堪能できる特等席です。扱っているコーヒーはなんと50種類。世界各地の様々なコーヒーが楽しめます。
お店には大きな焙煎機が置かれています。店長の山中さんにいつ焙煎しているのか聞いてみると
山中店長「少しの量ならここでも焙煎するんですが、基本的にはラボというところでオーナーが焼いているんです」
ラボ?コーヒーの研究所?
ということで、まだ行ったことがなかったラボに伺うことにしました。
山城店から車で15分で到着。入り口には確かに『Labo 珈琲研究所』の看板があります。オーナーの小原博さんが迎えてくれました。
小原さんは東京の大学を卒業し、レストランなどで修行した後、地元徳島に戻ってビストロを始めました。その料理は評判を呼び、お店は繁盛していたそうです。ただ、料理はすべて手作りで自信を持って提供できるのに、コーヒーは仕入れたものを淹れるだけ。その味にどうしても納得がいかなかったそうです。
小原さん「それで焙煎機を買ったんです。自宅の玄関に置いたんですが、煙突のつけ方も知らなかったから、家中ススだらけになってました」
小原さんは名店と言われるお店を回り、独学で焙煎の勉強を始めました。なんども失敗を繰り返し、ようやく納得のいくコーヒーができたのを機会にビストロを閉め、昭和55年に自家焙煎の喫茶店「でっち亭」をオープンさせました。しかし、それはまだコーヒーにのめり込む入り口にすぎませんでした。
小原さん「今でもわからないことがあるんですけど、やり続けるほど謎が増えてくるんですよ。なんどもなんども焙煎をして、経験を積み重ねて、そこからいいことだけ導き出すしかないんです」
焙煎方法にこだわり続けていた小原さんはある日、衝撃的なコーヒーに出会います。それは、飛び込みでやって来た業者が持っていた『ブラジル・ブルボン』という豆でした。
小原さん「衝撃でしたね。今まで飲んでいたコーヒーはなんだったんだって思いました。そしたら、その業者の人がブラジルに行ってみませんか?って言うんですよ。それで初めてブラジルへ行ったんです」
コーヒーは元々アフリカが原産地です。ブラジルで栽培が始まったのは17世紀、その最初に持ち込まれた原種がブルボンでした。病気に弱く、2年に1度しか収穫できないので生産量は限られています。しかし、その味わいは格別。小原さんは「コーヒーの味は品種で決まる」と確信したそうです。
小原さん「後味が良くて、すっきりと甘みが残って、それは原種の特性なんです。コーヒー豆にはブルボンとティピカという2つの原種があるんです。その2つの原種を探して世界中へ行くようになりました」
話を終えて、いよいよ焙煎室に案内してもらいました。巨大な焙煎機はドイツ製のプロバット というメーカーのもの。この機種はオールドプロバットと言われるビンテージもので、コーヒー業界の人にとっては憧れの名機だそうです。
最高級の豆の良さを最大限に引き出すのが、焙煎の腕の見せ所です。
小原さん「それぞれの豆にはちょうどいい焙煎っていうのがあるんです。深く炒っても味のある、甘みのある、コクのあるコーヒーってのが理想です。美味しいコーヒーを作りたい。そこだけを考えてやってます」
このLaboでは月曜日と金曜日、焙煎体験やコーヒー豆の品質をチェックするカッピングなどを体験することができます(要予約)。小原さんがいらっしゃる時はいろいろな話も聞けるので、ぜひ一度足を運んでみてください。
マスターの人柄を味わう
Toyotomi Coffee
店に行くのがワクワクする。店に着いて一杯のコーヒーを飲むとホッとする。そして、店を出るときには元気がわいている。続いて紹介するToyotomi Coffeeはそんなお店です。
徳島のイオンモールの近くにある住宅街。ちょっとわかりづらい場所にあるので、初めての人はナビを使って行ってください。大きな『COFFEE』の文字と黄色いカヌーが目印です。
「いらっしゃい!」
店に入るとマスターの元気な声が響きます。今回は取材なので夕方の閉店前に行ったのですが、普段は朝から夕方まで、いつもたくさんのお客さんで賑わっている人気店です。可愛くポップなイラスト、飾られた小物、ピカピカに磨き上げられた木の床、すべてがマスターの人柄そのもの。
マスターの豊富正史さんがこの店を開いたのは平成15年、35歳の時でした。それまではジーンズ屋の店長をしていたそうです。
豊富さん「35歳で独立しようと思ってたんです。最初はジーンズ屋をするつもりだったけど、人の作ったものを売るのに限界を感じて。自分で何かを作りたいと思った時、昔から好きだったコーヒーだと思ったんです。それで準備期間を5年かけてこの店をスタートしました」
オープンの1年前に焙煎機を購入。ちょうどその頃、アメリカでサードウェーブという言葉が使われ始めます。ファーストウェーブはコーヒーの大量消費時代。セカンドウェーブはシアトル系の深煎りコーヒーが流行った時代。そして、サードウェーブは…。
豊富さん「サードウェーブ、農園からダイレクトトレード。誰もが対等、ウィン&ウィンの関係で直接消費者のカップに美味しいコーヒーを届けることができる。それがちょうど僕の店のオープンの頃に始まったんです」
豊富さんも海外の産地に足を運び、生産者の顔の見える農園から最高級の生豆だけを仕入れるようになります。しかし、ある時期から行き詰まりを感じるようになりました。いい豆を買って頑張って焙煎をしても理想の味にならなかったのです。
豊富さん「苦しい時期は長かったですね。正直、焙煎を楽しいと思ったことはないんです。僕は床磨きが好きなんだけど、それは磨けば必ず綺麗になるから。でも、コーヒーの焙煎は必ず美味しいものができるとは限らないんですよ」
悩んだ豊富さんは、借金をして最新型の焙煎機を買うことを決めました。
選んだのは日本製のFuji Royal Revolutionという熱風式の焙煎機。直火式や半熱風式の焙煎機に比べ、自由度が高く様々なコントロールができます。
焙煎を始めると豊富さんの表情が一変しました。パネルに映し出される数値をノートに記録し、釜の内部の風速を測りながら細かな操作を繰り返します。
豊富さん「コーヒー淹れるのも化学実験だし、焙煎も化学実験。結果のすべては一杯のカップに入ってます。最高の一杯にするために、実験データである記録を取り続けているんです」
コーヒーをいつ釜から出すかは、豆の色と膨らみ具合、そしてハゼと言われる豆のはじける音で判断します。パネルに表示される釜の温度をにらみながら、豆の状態を確認し、ハゼの音に耳をすませます。そして、「今だ」という瞬間に釜を開け、一気に豆を出すのです。
今回、初めて焙煎を見せてもらって、Toyotomi Coffeeの人気の秘密がわかったような気がしました。
笑顔で明るく接客する豊富さんの性格は、店内の雰囲気に現れています。緻密でこだわり抜くもう一つの性格は、カップの中のコーヒーに表現されているのです。
常連のお客さんは、そんなマスターの人柄を味わいたくてこの店に通っているのかも知れません。
豊富さん「人をホッとさせたり、楽しい気持ちにさせたり、ちょっと前向きになるようなコーヒー。それがどんなコーヒーなのかっていうのを、今研究しているところです」
徳島で初めて自家焙煎した名店
いかりや珈琲店
日本で初めて自家焙煎のコーヒーを出したと言われているのは、神戸にしむら珈琲店。戦後間もない昭和23年のことでした。それからわずか7年後の昭和30年、徳島にも自家焙煎の純喫茶が誕生しました。それが、いかりや珈琲店です。
シックな内装と曲線を描くカウンターが印象的な店内。老舗の名店ですが、そんな堅苦しさは感じさせないアットホームな雰囲気が漂っています。
開店当時はの様子を、二代目店主の馬場智恵子さんに伺いました。
智恵子さん「元々は私の家はここで鏡台店をしていたんですが、父が戦争で亡くなってしまって。何をしようかと考えた母の芳子(よしこ)が、東京で見てきたミルクホール(今の喫茶店)のようなものをやりたいと。それで紹介してもらった人から、これからは自家焙煎の時代が来るって教えられて。ちっさい2、3キロの焙煎機を買って始めたんです」
当時、智恵子さんはまだ小学校6年生くらい。普段はお店には入れてもらえなかったそうです。ただ、焙煎をするときだけは呼ばれて、焙煎したばかりの豆をうちわで冷ます手伝いをしていたそうです。
智恵子さん「最初の頃のコーヒーは1杯飲むと胸焼けがするくらいの濃いものでね、みなさん角砂糖を2個も3個も入れて飲んでましたね。それが薄くて飲みやすいものになってきたのは昭和50年頃からかな」
大人になってお店を手伝うようになった智恵子さん。平成になると県外に働きに行っていた息子の淳さんが戻ってきて、家族三代でお店をやるようになりました。
淳さんは焙煎のやり方をおばあさんの芳子さんから直々に教わったそうです。今使っている焙煎機もその当時のもの。
淳さん「僕はこれしか使ったことがないから、今の機械はよう使わんね。おばあさんから任されるようになって、豆もどんどん良いのが出てきて、自分で勉強しながら少しずつ変えてきたんです」
焙煎を初めて30年、今では自分のイメージするコーヒーが焼けるようになってきたと言う淳さん。お客様の好みも聞きながら、増やしてきたオリジナルブレンドは現在8種類。
淳さん「うちで創業以来変わらないのは、自家焙煎とネルドリップ。それからBブレンドなどのハウスブレンドも配合を変えずに作っています。お客様にはいろんなコーヒーを飲んでいただきたいですね。ネルドリップでいろんなコーヒーを飲んでもらって、自分の好みの味を探してもらいたいなって思いますね」
そしてもう一つ、初めて訪れた人に味わってもらいたいのが、昭和62年に智恵子さんが考案したというコーヒーゼリー。丁寧にハンドドリップした本格的なコーヒーで作ったゼリーに、山盛りのアイスクリームが乗っています。
智恵子さん「お客さんに喜んでもらおうってアイスを乗せてたらどんどん増えちゃって」
阿波踊りが行われるお盆の4日間だけで、2500個も売れるという大ヒット商品です。
淳さん「コーヒーゼリーを作るのにも相当な手間が掛かってるし、これだけアイス乗せて儲かってるのって母にはよく言うんですけどね」
智恵子さん「原価計算なんてしたことないもの。お客さんが喜んでくれればいいのよ」
親子三代、受け継がれてきた伝統。そして、日々進化を続ける淳さんのコーヒー。
徳島のコーヒーの歴史を五感で味わってください。
徳島コーヒーの未来を切り拓く
NOVOLD COFFEE ROASTERS
最後に紹介するのが平成29年12月、工業地帯の東沖洲に登場した最新のカフェ。NOVOLD COFFEE ROASTERSです。
広々とした店内に入ると、先ず目に飛び込んでくるのは、カウンターの奥にある巨大な2台の焙煎機。
実はこのカフェ、昭和7年からコーヒーの焙煎と販売を行ってきた徳島ブラジルコーヒーの焙煎工場だった場所です。徳島県内で300軒近い飲食店にコーヒー豆を卸し、市内の中心にある籠屋町の商店街などで豆の販売を行ってきたブラジルコーヒー。カフェのオープンは、三代目の社長となった桜井健司さんの念願でした。
桜井さん「サードウェーブのコーヒーが流行りだして、うちでも生産地や品種、栽培方法にこだわったスペシャリティコーヒーを扱うようになりました。そんな最高級のコーヒーの味をたくさんの人に知ってもらいたいと思っていて。ちょうどそんな時、アメリカでは焙煎工場でコーヒーが飲めるロースタリーカフェが流行っているって知ったんです。それならうちの焙煎工場を改装してカフェにしようということになって」
『NOVOLD』という名前は、ポルトガル語の『NOVO(新しい)』と英語の『OLD(古い)』とを掛け合わせて付けました。ブラジルコーヒーの伝統を守りながら、新しいコーヒー文化を築いていきたいという桜井さんの想いが込められています。
お店で存在感を放つ焙煎機。一台は昭和46年から使っているという、半熱風式のオールドプロバット。中煎りから深煎りにした時に、しっかりとしたコクのある味わいが出るのが特徴です。
焙煎職人の橋本さんはストップウォッチを片手に、火力調整をするコックを細かく操作します。
橋本さん「釜の中の状態をイメージしながら、温度が放物線のようなカーブで上がっていくように心がけています」
そして、いぶし銀のプロバットと対照的に光り輝くのが、2年前に導入した完全熱風式のローリング・スマートロースターです。
最近流行りの浅煎りをしても、芯までしっかりと火を入れることができるので、酸味だけでなくコーヒー豆持つ甘みを引き出せるのが特徴です。
NOVOLD COFFEEでは浅煎りと深煎り、焙煎の度合いによってこの2台の焙煎機を使い分けているそうです。
そして、このお店で嬉しいのは、選りすぐりにスペシャルティコーヒーを特別価格で飲み比べできること。本日のコーヒーと気になる豆を選びます。1杯ずつでは分かりにくい味の違いも、飲み比べるとはっきりと感じます。
桜井さん「今は本当にいろいろなコーヒーがあります。産地、品種、農園はもちろん、同じ農園でも畑の違いで味が大きく変わることもあります。そんなコーヒーの進化を感じてもらいたいですね」
NOVOLD COFFEEでは平日の午前中、ほぼ毎日焙煎を行っているので、焙煎の様子を見ながら様々なコーヒーを楽しむことができます。最新のロースタリーカフェ、きっと新しい発見があるはずです。
最後に
徳島で僕がオススメする自家焙煎のカフェ。いかがでしたか?
どのお店も並々ならぬこだわりを持って、日々コーヒーに向き合っています。かつて日本人のお茶に対する熱狂が『茶道』を生んだように、徳島人のコーヒーに対する熱狂がいつか新しい文化を生みだすかも知れません。
進化し続ける徳島のコーヒーを、ぜひ味わいに来てください。
Information
TOKUSHIMA COFFEE WORKS 山城店
【住所】徳島県徳島市山城西1-7
【TEL】 088-655-8877
【営業時間】8:30~22:00
(21:30LO、※food 8:30~14:30、17:00~20:30)
【定休日】 火曜日
【HP】http://www.coffee-w.com/
Labo 珈琲研究所
【住所】徳島県徳島市大原町千代ヶ丸山30-8
【TEL】 088-663-2080
【焙煎体験・カッピング】
月曜日 10:30~12:00/13:00~17:00
金曜日 11:00~12:00/13:00~17:00
※ご予約が必要です。
info@coffee-w.com
【HP】http://www.coffee-w.com/
Toyotomi Coffee
【住所】徳島県徳島市末広二丁目1-42
【TEL】088-655-8052
【営業時間】平日9:00~19:00(喫茶、豆売共/LO18:30)
日祝9:00~19:00(Sunday Special)
【定休日】 水曜日
【HP】https://www.toyotomicoffee.com/
いかりや珈琲店
【住所】徳島県徳島市通町1-12
【TEL】088-623-0808
【営業時間】月~金曜日8:00~18:30 土曜日9:00~17:00
※阿波踊り期間中は22時まで営業
【定休日】日曜・祝日
【HP】http://ikariya.net/
NOVOLD COFFEE ROASTERS
【住所】徳島県徳島市東沖洲2丁目26-12
【TEL】088-678-6147
【営業時間】10:00~18:00
【定休日】不定休
【Facebook】https://www.facebook.com/Novold-Coffee-Roasters-1762280407411319/
Text 仁木啓介
兵庫県出身。1967年生まれ。東京でテレビ番組のディレクターとしてドキュメンタリーやドラマを制作。MBS『世界ウルルン滞在記』では世界各地の秘境を巡る。取材で訪れた徳島県上勝町に一目惚れして2012年に移住。映像制作とバー、グランピングの経営をする(株)上勝開拓団を起業。毎日、4〜5杯はコーヒーを飲まずにはいられない。