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この「人」に、会いに行こう! in 上勝 vol.3 東輝実さん&渡戸香奈さん&Sil Van de Veldeさん

この「人」に、会いに行こう! in 上勝 vol.3 東輝実さん&渡戸香奈さん&Sil Van de Veldeさん

日本で自治体として初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」を2003年に行った徳島県・上勝町。
生ゴミなどは各家庭でコンポストを利用。その他のゴミは住民自ら町内のゼロ・ウェイストセンターに持ち込んで45分別することで、リサイクル率は80%を超えており、住民主導のサステナブルな取り組みが国内外から注目されています。

でも、上勝町は決してゼロ・ウェイスト「だけ」の町ではありません。町の自然や文化を存分に感じ、楽しむことができる場所や体験、ツアーなどが多く存在しています。そこで鍵になるのは上勝の「人」。上勝の活力となり、地域を動かす人たちを紹介します。

文・板東悠希(ガイド/全国通訳案内士)


Vol.3で紹介するのは、『Cafe polestar』を営業するかたわら、『INOW(いのう) Program』で「上勝で楽しく過ごせる暮らし」を提供する東輝実(あずまてるみ)さん、渡戸香奈(わたんどかな)さんとSil Van de Velde(シル・ヴァン・デ・ヴェルデ) さん。上勝で生まれ育った東さんと、上勝に移住してきたカナさん&Silさんが、世界に提案する『INOW』とは?

上勝で「ちょっとゆっくりお茶しよう」、「おいしいランチとデザートが食べたい…」と思ったら、自然と頭に浮かんでくるのは『Cafe polestar』。2013年にオープンして以来、上勝町内外から訪れる人々のおなかと心を満たしている居心地のよいカフェだ。

 photo by Cafe polestar
photo by Cafe polestar

このカフェをオープンから運営しているのが、東輝実さん。大学卒業後に帰郷し、自身の生まれ育った上勝で『合同会社RDND(あーるでないで)』を設立、起業した。2015年から3年間、ゼロ・ウェイストアカデミーの事務局長も務め、上勝町のゼロ・ウェイストを世界に発信。上勝という町と、その取り組みの認知度を高めた一人だ。

その東さんが新たな事業として、2020年に立ち上げたのが『INOW(いのう) Program』。カナダから移住してきたリンダ・ディンさん(現在は東京在住)と渡戸香奈さん(以下、カナさん) と共に成長させてきた。

東さん:「2019年ごろ、カフェを運営するにあたって人手が足りないと感じていたんですが、それは私のところだけでなく、上勝町内のいろんなところで労働力が足りない…という声が聞こえてきていました。
それと同時に、海外で『NO PLASTICS』みたいなムーブメントが高まるにつれ、上勝はフランスやドイツといった国からよく取材も受けていました。その流れのなかで『上勝を深く知りたい』という声や、長期滞在のニーズがあることが分かったんです。そこで始めた『TRY KAMIKATSU 』というインターンプログラムがINOWの前身です。ちょうどリンダが英語で対応もできるし、海外から『上勝で滞在したい』という人を受け入れていました。2019年の12月には30人ぐらいの名前がウェイティングリストにあったんです」

しかし、2020年に入ってすぐに世界はコロナ禍に陥り、一旦インターンプログラムはすべて受け入れをストップ。ただ、その間も着々とプログラムを深化させることは続け、ゲストハウスの運営も考えていたという。

東さん:「ゲストハウスだと、どうしても『泊まるだけ』の場所になってしまうのでは…という懸念もあり、宿泊施設を整えるのではなく、スクールという形でプログラムを組み立てることにしました。そして2020年7月に名前を変えて生まれたのが『INOW Program』です。上勝で『最低でも2週間楽しく過ごせる暮らし』を提供するというのがコンセプト。『最低でも2週間』というのはこだわっているところです。というのも、TRY KAMIKATSUで1カ月過ごした人たちを見ていると、1週間で初めてのことを知り、2週間でコネクションを作り、3~4週間で足を踏み入れる…という経験をしているなと感じていたんですね。なので、できるだけ長く滞在してほしいし、2週間というのが、ここに『いのう(阿波弁で「帰ろう」の意)』と思える上勝とのつながりを培う最低期間かな…と思って設定しました」

 photo by INOW
photo by INOW

そして、『INOW Program』がスタートした3か月後に上勝に移住してきたのがカナさん。バングラデシュで働いていたが、観光とサステナビリティにつながる仕事を探していて、ふと思い出したのが上勝だったそう。

カナさん:「上勝のことは、5年ほど前からゼロ・ウェイストの町として知っていて、SNSで検索していくうちに、Cafe polestar にたどり着き、さらにリンダの投稿をその当時たまたま見つけたんです。私もカナダに住んでいたから、リンダというカナダ人が上勝に移住して仕事をしているのはすごく興味深かったんですよね。それで、直接メッセージのやりとりをして、INOW Programを作っていることを聞き、『おいでー!』と言われて本当に上勝に来ました。自然のある田舎で住みたいと思っていたし、滞在してみてすぐに上勝を好きになって。田舎の暮らしがとっても面白かったし、輝実とリンダのおかげですぐに町になじむことができて、ここが『ホーム』だと感じられた。そして、気づいたらもう3年住んでます」

東京に行くことを決めたリンダとほぼ入れ替わるようなタイミングでやってきたのが、カナさんのパートナーのSilさん。コロナの入国制限もあり、ずっと会えない日々を送っていたが、2022年10月に日本の国境が開いたタイミングで上勝にやってきた。

Silさん:「もともと2020年にカナが上勝町に来たときに僕も一緒に行きたいと思っていたし、INOWに関わりたいと思っていました。というのも、INOWはエデュケーショナルなプログラムで、体験する人にその土地とそこに住む人のことを知る機会を提供しています。また、観光という面でも人と人をつなげる橋渡しをし、サステナブルなコミュニティを作る一助になり、考えるきっかけを作ります。INOWはアンバサダー的な役割を果たすという意味で、観光としてかなり強力なツールですし、正しいツーリズムだと思います」

 photo by Shumpei Ohsugi
photo by Shumpei Ohsugi

2022年の10月ごろから、INOWは多くの参加者を受け入れていて、80~90%は海外からやってきている。INOWのProgramにどんなものがあるかというと、有機農家のおうちで一緒に野菜の収穫体験をしたり、時期によっては、上勝阿波晩茶の茶摘みや仕込みを体験したりすることもできる。ほかにも、ゴミステーションで町民の方のゴミの受け入れをスタッフの人と一緒に行う体験や、山犬嶽や高丸山のハイキング、藍染体験などなど…。
INOWに参加する人には、事前にミーティングやヒアリングをしっかりして、その人のバックグラウンドや興味に合ったテイラーメイドのカスタマイズを行う。でも、プログラムは完全に固定しないのがINOW流。それは、天候のことや町民の方の体調や都合もあるがゆえ。

東さん:「昨年参加してもらったシェフの方は、やはり食にまつわる体験をご希望だったので、農家を訪れて柚子に関する知識を共有し、実際に味わってもらったりしました。また、リサーチをお仕事にされている方は、町民の方に会ってヒアリングをご希望だったので、セッティングをしましたね」

カナさん:「私たちは来てくれる参加者の方に、時間刻みの行程表のようなものはお渡ししません。事前ミーティングでお伺いした興味や希望にしたがって『だいたいこのようなプログラムを体験することになるんだけれど、最終的には私たちにアレンジをまかせてね』と伝える。お客様は『あなたを信頼しているから、もちろんOK』と、そのスタイルを快く受け入れてくれます」

 photo by INOW
photo by INOW

ただ、上勝のキャパシティを忘れず、協力してくれている人はもちろん、町の人たちから歓迎されなくなるような「オーバーツーリズム」にならないようにということも常に考え、INOWのあり方とは何か、を問い続けている。

カナさん:「年間何人受け入れたら適正だとか、多すぎだ…という明確な数字を出すのではなく、INOWが町や人にどんな影響を与えるか、ということをいつも考えるべきだと思っています。変化というものは絶えず起こるので、ポジティブなものもネガティブなものも、影響をしっかりと受け止めていかないといけないですね」

東さん:「INOWは最低2週間の滞在にこだわっていると先に話しましたが、実際にはそれより短い期間しか確保できない人もいます。そのニーズに合わせて1週間のプログラムを用意していますし、数時間でゼロ・ウィエストを学ぶことができるワークショッププログラムも作りました。私たちができること、上勝でできることを常に考えて、新しいプログラムも考えているところです」

『JAPAN TRAVEL AWARDS 2024』のファイナリストに選出され、過去には『2021 crQlr Award Winner』となったINOW Program。『Lonely Planet Best In Travel 2022』では『必ず訪れたい地域トップ10』に四国が選ばれ、その記事内でINOW Programが紹介されるほど、世界から熱い視線を集めている。INOWが映し出すのは、「いま」の上勝。それは常に変化し、いつも深化と進化を遂げているといっても過言ではない。ふらりと立ち寄るだけでは体験できない上勝を、東さん、カナさん、Silさんに導かれて暮らすようにINOWで味わってほしい。

■ INOW Program
https://inowkamikatsu.com/

Cafe polestar
徳島県勝浦郡上勝町大字福原字平間32-1
電話:0885-46-0338
営業:11:00〜17:00(L.O 16:00) ※木曜・金曜定休
https://cafepolestar.com/